緻密 VS 無心

ザ・ダイバー」@東京芸術劇場小ホール1

だいぶ前ですが(ていうか先週な)舞台友に誘われて観劇。
前作に続く英語書き下ろし2作目、「THE DIVER」の日本バージョン。

The Diver (Soho Theatre)

The Diver (Soho Theatre)

上記英版は昨年トラムで3回観劇。(をいw)
前作「THE BEE*1の時もそうだったんだけど、英国版に較べ、日本版になると「なまなましい」「なまめかしい」と言うのが第一印象。

  • 原作は日本のものだからか?
  • 役者が同じ肌色だからか?

否。英国の女優さんがとても恥じらいのある演技をする方だからだ。必要ならばいちゃつく、しかし少女の様にすり抜ける。野田さんのどキツイハンマーが言葉の壁と彼女の恥じらいにくるまれて、水槽におでこをくっつけて観ているファンタジーとして存在する。それが奇しくもハンマーを際だたせるのだ。しかしアジアの肌で演じると、浸透圧が増してその水槽が壊れてしまう。肌と息づかいは肉迫する。が決壊した水圧の毒気も受ける。英国版はファンタジック、よりプラクティカルなのは日本版。アンチテーゼのようだ。この差は今年も健在だったが、今回はBEEのような驚きはなかった。英国版に忠実な印象。野田語も少ない。今回日本語訳は誰だろう。
主人公を演じるのは桜姫日本版以来観る大竹さん。英版キャサリンとは近からず遠からず、の人と為りらしい。
イギリスはロゴスによる演劇の国。それはそれは裏付けをして緻密に組み立てられるようだ。しかし大竹さんは役作りもせず、現場のリアルで演じるとか。「共演者に愛して欲しい」その一点だと言う。彼女の最後の最後の表情で、この話の根幹がやっと解った気がした。その感性/母性に敬服。

トラムのアフタートークであと1作もっと短いのを作る、と仰っていたので心待ちにしたい。

*1:注※英版2回、日本版1回観劇